傘の歴史をわかりやすく紹介!洋傘と和傘の違いやビニール傘の歴史も

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普段何気なく使っている傘にも歴史があるって普段あまり意識しませんよね。

梅雨の時期になると使う頻度が高くなる傘、先日傘を使っていて傘の歴史についてふと気になり調べてみることにしました。
洋傘と和傘の違いやビニール傘の歴史についても触れていきますね♪

傘の歴史をわかりやすく解説

傘はおよそ4000年前から使われており、主に貴族の婦人が外出する時の日よけとして使用されていました。
雨傘として使われるようになったのが18世紀後半になってからです。

イギリスのジョナス・ハンウェーという人物が防水加工をした傘をさして街を歩いたのが始まりと言われています。

それまで傘は女性のものであり、男性は帽子で雨を防ぐのが一般的でした。
最初は変人扱いをされていましたが、30年もの間傘を差し続けたことで次第に人々も慣れていき、男性が傘をさす姿も一般的になっていきました。

また、柄の部分をステッキ型にすることで、爆発的に傘が広がったとされています。

細く折りたたむことが出来るようになったのもこの時代で、ステッキのように持ち運ぶようになったのも18世紀後半からと言われています。

日本では先に和傘が浸透していました。
飛鳥時代に中国から日本に入ってきたとされています。

このころはまだ日よけとして使われていた傘ですが、室町時代には紙に油を塗って防水加工をし、雨傘としても使用されるようになりました。

日本で傘が浸透するようになったのは江戸時代になってからで歌舞伎の小道具としても使われ認知度が上がっていきました。

しかし、1804年に長崎に初めて洋傘が入ってくると、明治ごろには洋傘が爆発的に国内にも広がり、今では和傘は歌舞伎や時代劇で使用される他、和風の庭園などで日よけとして使われる程度になってしまいました。

洋傘と和傘の違いをより詳しく解説

洋傘と和傘の違いをより詳しく解説

和傘は中国から伝えられたもので、その頃には柄のない「笠」もあります。
一方洋傘はペリーが日本に持ち込んだもので、その姿がこうもりに似ていることから「こうもり傘」という異名もあります。

上下が逆である

傘を閉じて持ち歩くとき、洋傘は柄の部分を手にもって歩きますが、和傘は天頂に紙まきしてある「つり紐」の部分を持って歩きます。
和傘の持ち手の部分を持って歩くと、次第に傘が開いてしまい歩くときに困ることになりますので覚えておいて損はないです。

また、傘を地面に置くときも、洋傘は傘をさした時に上にくるシャフトの部分を下にして置きますが、和傘では手で握るところの真下にある「石突」を下にして置きます。

傘をたたんだ時にも違いが

洋傘の場合、傘をたたんだ時には骨が内側に入り、生地が外側に出てきます。
それに対して和傘は生地(和紙)が全て内側に入り、骨が外側に出てきます。
この違いで和傘はたたんだ時に濡れた面が内側に入るので他人や自分の服を濡らす心配もありません。

修理を行う上での違い

和傘は骨と生地を完全にのりづけする上に中の受け骨部分も「かがり」という装飾糸を複雑に絡めているので全体が一体化しています。

そのため、修理をするためには解体作業が必要となり、この解体作業は極めて複雑で困難であるのです。

時には新規の傘を買うよりも修理代が高くついてしまうことも。
一方洋傘はハンドル、シャフト、骨、生地などばらせるので、修理も容易に行うことが出来ます。

ビニール傘はいつから?ビニール傘の歴史

ビニール傘はいつから?ビニール傘の歴史

ビニール傘の第一号が完成したのは昭和33年とつい最近のことです。
ホワイトローズという会社が作ったとされています。

しかし、それよりも前から傘にビニールを被せて使用しており、それがビニール傘の起源と言われています。
昭和20年このころの傘の生地として主流だったのは絹でしたが、当時の染色技術の未熟さから、色落ちの苦情が絶えませんでした。

そこで、色落ちを防ぐために、傘にビニールをかけて発売。これが飛ぶように売れることとなりました。
これがビニール傘の先がけと言われています。

しかし、昭和30年代、技術の進歩によりビニールカバー傘の売れ行きは一気に落ち込みます。
そこでこのビニールを直接骨に貼ってしまおうと発想したのです。
当時はとてつもない批判にあいましたが、ビニール傘は雨が漏らないことを信じて制作を始めます。

そして昭和39年、東京オリンピックが開催された年アメリカから観光客として来日していた米国大手洋傘流通のバイヤーがビニール傘を発見し、アメリカで販売されることとなりました。
日本国内で流通しだしたのは昭和39年以降。
当時ホワイトローズ社に大量生産のオファーが飛び込んできましたが、販売直前に商談が頓挫してしまいます。

大量の在庫を抱えた当時の社員は上野から銀座界隈の路面店に委託販売の営業を熱心に持ち掛けます。
そこをTVが「銀座では中が透ける傘が流行しているらしい」と放送。
瞬く間に全国的に知れ渡ることになります。

当時はビニール傘は高級品で、シルクの傘と同じくらいの値段で販売されていました。
その後1987年には海外の輸入品が逆転することになります。
バブル崩壊以降は中国製の安価なビニール傘が主流となり傘需要全体の50~60%を占めるようになり、現在に至ります。

傘の歴史まとめ

傘自体の歴史は古く、4000年も前から使用されていたことに驚きました。
それと同時に、今では普通に見かけるビニール傘が主流となったのは今から30年前とつい最近であることにも驚きました。

和傘もとても歴史が深く、高度な技術が必要であることが分かりましたが、その高度な技術が必要であるからこそ職人の数も和傘の数も減ってしまっているのだなと感じました。

しかし、4000年ほど前から傘の形はほとんど変わらず現代まで引き継がれているとのことで、多様な進歩が進む現代でも、変わらないものもあるのだなと感じました。

最後までお読みいただきありがとうございました。